痛みの分かち合い

2008-03-09

08'3月 分かち合いの会

F1000047 今日の「痛みの分かち合いの会」

3月に入り暖かくなってきましたが 風はまだひんやり・・・今日の参加者は世話人含めて12人。

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2008-02-22

東大グリーフケアワークショップ

今日は、一日東大生。 Dsc00893

東京大学本郷キャンバス山上会館で開催された、グリーフケアのワークショツプ(死別とグリーフに向き合う…他者へのケアとセルフケア)に参加して来ました。

講師キャロル・ウォグリン…米国マウント・アイダ大学国立デス・エデュケーションセンター長(通訳付)

自分のグリーフとの向き合い方・他者のグリーフの係わり方などの講演でした。専門的な内容が多く、参加者もセラピスト、医療者などが多く参加していたようです。

私たち、「東葛・生と死を考える会」からの参加は、先生を含め5人。それぞれ家族の喪失を抱えており、会の学習会での知識も得ているせいかそれほど難しいとは感じませんでした。私も講義を聞いて納得した面と、グリーフは理論だけではという疑問も起こりましたが、まあ行って良かったなかと思って帰宅しました。息子のことがなかったら、縁がない講演ですが・・・・

東大の校内を散歩し、気分だけでも一日東大生を味わえたのですから・・・lovely

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2007-12-22

体験報告

昨日、上智大学において、水野教授の授業の時間があり、私と同じく子どもを亡くされた方とご主人をなくされた方の3人がゲスト出演しました。「突然の死」という息子を亡くした話と、その後の「痛みの分かち合う」という課題でお話をしました。150人の大学生の前でのお話は、もうドキドキで緊張しました。

11年が経過しているのですが・・・息子の話をまとめることは辛いものでした。集中して向き合おうとしてもできなくて、つい他のどうでも良いことに逃げてしまいがちでした。結局、前日まで何も手につかず落ち着かない日を過ごしていました。

それでも無事に終わることができて良かった~。帰りに上智大学のイルミネーションが、とても綺麗でした。その光がご褒美みたいな気がして、私たちを優しく送ってくれました。隣にあるイグナチオ教会の中に入って、お祈りして帰りました。とにかく終わってホットしました。

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2007-11-20

午後のTeaたいむ

昨日は、午後からのお茶飲み会でした。

集まったのは、私を含めて5人。全員が子どもを亡くしています。いわゆる「痛みの分かち合い」ですね。場所がサイゼリアということもあり、好きなドリンクを摂りながら、中には軽い食事をしたりして、のびのびとした感じで話し合いました。いつも開催しているお寺での会は、少し堅苦しいのかなあ。

自死で亡くされている方が殆どなので、小人数の方が小さな声でも聞こえるし、家庭的でいいのかもしれないですね。皆さん、背負っているものが大き過ぎて・・・聞くほうも辛かったですけれどね。辛くて苦しくて人には言えなくて・・・それでも生きていかなければならない。同じような人たちの中では辛いことも分かってもらえるし、笑えるし・・・とりあえず今回は、集まって良かったと思いました。次回の約束をして解散。今年知り合ったばかりの仲間とは感じないほどの親近感がありました。

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2007-10-13

分かち合いの会・・・10月

今月は、いつもの会場である東漸寺の談話室が、翌日の「ぶらり散歩市」の準備のため使用できず、本堂を使わせて頂いた。

和室に低めのテーブルと椅子が設置してあり、畳12畳ほどあろうか廊下越しに庭も望めるスペースである。丁度私たちの集まりには、ピッタリ。。。住職の心遣いが嬉しい。

参加者は、世話人を含め12人。新しい方は、来られなかったが、今年最後の会とあって話しは尽きず2時間はすぐに経ってしまった。大切なご家族を亡くされて1~2年経っている方は今が一番辛いと言う。「周りの人は、気を遣ってか誰も亡き人の話題はしない。このような場所があることで話せる、話すことで気持ちが和らぐ」

そうかもしれない。亡くなった人の人生全て消えてしまうわけではない。生きていた足跡はしっかりとこころに根付いている。そしていつまでも消えないのに。。。。

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2007-09-09

分かち合い…9月

また暑さがぶり返してきました。36550_2 

2カ月ぶりの「痛みの分かち合いの会」ですが、私と同じく子どもを亡くした方の参加が増えてきました。

こればかりは、一概に「仲間が増えて嬉しい」とは言えません。参加者が多いということは、この会を開いている意味が、それなりにあるのかもしれませんが。。。ただ成果が出ているとかの期待は何も持てないのです。そういうはっきりとしたものが表れる会ではありません。参加される方も定着するとは限らず、常に不安定の会です。

死別の喪失感による心の問題は、人によってさまざまです。「喪の作業は幾つかのプロセスをたどって受容に至る」と言われていますが、これも一般論であって、そう順序よく行く訳もありません。順序よくいって受容できたとしても、厳しい現実と向き合わなければならなくて、まだまだ試練は続くのです。10年経っても、胸の奥はキュツと痛みます。

私自身、世話人として関わっていますが、ともに分かち合う身といってもいいでしよう。こんな会ですが、続けていくうちに大切なものが見えてくる不思議な会でもあるのです。

願うことは、悲しみを持たれた方が、会に参加することによって何かを見出して、生きる意味を模索していただけるようにと、ただそれだけ。結局、自分自身の問いに答えを出すのも自分自身。

私がこの会に関わってしまったこと自体、悲しいことですが。。。

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2007-07-15

分かち合い…7月

昨日は、朝から雨が降り続いていた。参加者は少ないだろうと思いながら「痛みの分かち合いの会」を開催している東漸寺の談話室に向かった。台風4号が接近しているのにもかかわらず、参加者数はいつもと変わらなくて驚いた。月に一度の会なので、出席したいという気持ちが、強いのだろうか。。。。私も初めの頃は、天気など関係なくこの日を待っていたように思う。会で自分の気持ちを話すことで、明日からの変らない生活にもメリハリがつき、心も落ち着いてくる。家にいても1日、会に参加しても1日。1日の時間は限られているけれど、その貴重な時間を有意義に過ごして頂きたいと思う。といっても悲しみの底にいるときは、時間の経過も使い方も分からなく手探りをしている状態であろう。早く抜け道を探して、悲しみの淵から声を出せる場所を見つけて欲しいと心から願う。

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2007-06-09

今日のできごと

乳がんで入院している妹の様子を見に病院に行ってきました。もう歩いていてビックリ。昨日の午後に手術したばかりなので、てっきり、ヒーヒー言って寝ているとばかり思っていました。点滴で薬を入れているためか、痛みもあまりないらしい。とりあえず安心した。病人が辛そうなのは、見舞いに行く方も辛い。。。

午後は、「痛みの分かち合いの会」  このところ毎回始めて参加の方が見える。今日来られた方も、前からこの会を知っていたが、ここを訪れる勇気がなかったとのこと。「今日は勇気を出して来ました」と言っていたKさん。痛みを持っている方が、勇気を出すというのも大変エネルギーのいること。Kさん、参加して見て、この会はどうでしたか、少しは気持ちが楽になられましたか?...........

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2007-05-12

分かち合いの会(5月)

今日の「痛みの分かち合い」の参加者は世話人含め12人。今までは、配偶者を亡くされた方が殆どだったので、同じテーブルを囲んでいたが、今年になって子どもさんを亡くされた方が3人ほど来られるようになった。

ここを訪れる方は、一様に「これ以上の悲しみはない。どうやって生きていけばていいのか」と大きな喪失感で呆然自失の状態で参加される。最愛の妻・夫・わが子を失った時の悲しみは同じ、違いはない。と思うが、時間が経つにつれて温度差が生じてくる。双方に遠慮して言いたい事も言えず帰路に着くことにもなりかねない。そうならないため別室での対応をとっている。

最近の傾向として、自死(自殺)で亡くされた方も多く来られるようになった。ここは、体験者同士の自助グループでサポートしている。特別にカウンセラーなどはいない。同じ体験者と言っても、病気、事故、自死とさまざまで、私の場合、事故死で亡くしているので自死の方へは伺うのみで言葉がない。言葉というのは、時として刃となるので慎重に言葉を選んで話さなければならない。「私はここにいる資格があるのだろうか」といつも問いながら、世話人を続けている。何もできない自分だけれど、私も通ってきた道、すごく気持ちは分かるよ。

そんな時、水野治太郎教授が息詰まるような空気をやんわりと解してくださる。時には、学術的な知識も必要なのだと実感する。

今日、先生が言われた価値のある言葉。「家で死を選んだということは、家が好きだからです」・・・この言葉でAさんは、「息子が、家つまり家庭が好きだったということが認識できて嬉しかった。自責で胸が押しつぶされていたけれど少し軽くなりました」と頬を緩ませた。「東葛・生と死を考える会」http://www.geocities.jp/chiba_tokatsu/

現在、喪失感で打ちのめされている方たち。一人でも多く、このような場を、自分の居場所を早く見つけて欲しいと願う。

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2007-04-15

痛みの分かち合い

昨日は、月に一度東漸寺というお寺で開催している「痛みの分かち合いの会」に出席しました。「痛みの分かち合い」というのは、「東葛・生と死を考える会」で活動しているプログラムの一つで、大切な方との死別によって生じる心の痛みを話し合う集いです。(心のケアによって生きる方向が見えてくる方もいます)

私は息子との突然の別れを受け入れることができず、10年前 この会の扉をたたいて以来ずっと離れることなく繋がっていて、現在は世話人としてお手伝いをしています。昨日は、配偶者を亡くされた方が お二人新しく参加されました。この季節のさくらの花に伴う思いを涙、涙で話されました。Sakura11a 「東葛・生と死を考える会」http://www.geocities.jp/chiba_tokatsu/

春の訪れを待つように、さくらの花の開花も待たれます。さくらの花は開いて瞬く間に散ってしまう、その姿に人の生死を垣間見る気がします。

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